Section 1

戦争と平和

戦争と平和では、建築家・丹下健三が第二次世界大戦といかに向き合ったかに照準を当てます。丹下は戦前・戦後を問わず、戦没者と如何に向き合うかを設計する上での重要なテーマとみなしていました。一般に近代建築は機能主義を標榜し、生きている人々の生活に寄与することを目指します。一方の丹下は、戦争を生き延びた市民と戦争で亡くなった人々を結びつける建築を模索し続けました。このセクションでは、丹下が国際的な建築家として評価された広島平和記念公園を紹介し、当時のプレゼンテーション資料を展示します。

  • 1-1.
    大東亜建設忠霊神域計画

    鳥瞰パース|『建築雑誌』1942年12月号所収、日本建築学会

  • 1-2.
    広島平和記念公園及び記念館

    Central Theme of Hiroshima City Planning|『Peace City HIROSHIMA』所収

  • 1-3.
    戦没学徒若人の広場

    戦没学徒記念若人の広場(1966年)模型|1/200|2013年|1590×700×510|木|製作:神戸大学大学院遠藤秀平研究室、撮影:市川靖史、所蔵:香川県立ミュージアム

  • 1-4.
    講義ノート

    「都市計画」講義ノート(大歳幹夫記)|1952年頃|250×182|ノート|個人蔵

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Section 2

近代と伝統

近代と伝統では、丹下がル・コルビュジエやワルター・グロピウスといった巨匠たちとの交流を通して、近代建築と日本の伝統建築を如何に理解し、自らの設計に反映したかを紹介します。特に卒業設計において、丹下はル・コルビュジエによるソヴィエト・パレスなど様々な作品の長所を巧みに読み解き、自らの設計に反映させています。また、丹下はグロピウスと共に写真集『桂』をイェール大学出版から1960年に出版しましたが、丹下はグロピウスとは異なる伝統建築理解を発展させました。このセクションで展示する丹下によるスケッチ(自邸改築案)は本邦初公開となります。

  • 2-1.
    卒業設計「芸術の館」

    外観パース|−|1938年|640×958|鉛筆 インク、ケント紙|東京大学工学系研究科建築学専攻

  • 2-2.
    成城の自邸

    外観(撮影:丹下健三)|1953年頃|個人蔵

  • 2-3.
    成城の自邸増改築案

    西面道路から入車庫案|1964年頃|360×432|鉛筆 インク、トレーシングペーパー|個人蔵

  • 2-4.
    ル・コルビュジエ

    ル・コルビュジエから丹下に宛てた書簡|1959年7月13日|270×210|インク、紙|個人蔵

  • 2-5.
    ワルター・グロピウス

    倉敷と広島を訪れるグロピウス夫妻と丹下夫妻|1954年|個人蔵

  • 2-6.

    桂|1954|撮影:石元泰博、所蔵:高知県立美術館 Ⓒ高知県,石元泰博フォトセンター

  • 2-7.
    丹下健三のモデュロール

    建築から都市へ拡張する丹下モデュロール(神谷宏治「一宮団地計画」)|『建築文化』1961年6月号所収、彰国社

  • 2-8.
    墨会館

    ピロティ|−|個人蔵

  • 2-9.
    旧草月会館

    草月会館構造計算書|1955年3月|280×380|鉛筆、紙|東京大学生産技術研究所川口健一研究室

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Section 3

戦後民主主義と庁舎建築

戦後民主主義と庁舎建築では、丹下が米軍の空襲によって焼け野原となった都心部(都市のコア)に多くの市民が集い、政治参加を体感できる庁舎を如何にデザインしたかを振り返ります。戦前の日本の庁舎は政治家や官僚が市民を睨みつける威容が求められ、市民にとって決して親しみある建物ではありませんでした。しかし、丹下は多くの労働者が都心部に集まることを前提に、彼らが快適に働き、過ごせる都市のコアと庁舎を一体化することを目指しました。ここでは旧東京都庁舎、今治市庁舎、香川県庁舎を取り上げ、丹下が都市と建築を如何に結びつけようとしたかを紹介します。

  • 3-1.
    旧東京都庁舎

    北立面図|1/200|−|540×796|青図|個人蔵

  • 3-2.
    旧東京都庁舎流動性調査

    都庁の“部”間交流を円の大きさで表したもの(「関係・分布・流れ」)|『建築文化』1967年4月号所収、彰国社

  • 3-3.
    香川県庁舎

    断面図|1/100|1955年6月10日|811×1128|鉛筆 インク、トレーシングペーパー|ハーバード大学デザイン大学院フランシス・ローブ図書館

  • 3-4.
    香川県庁舎構造図

    香川県庁舎を見つめる丹下|−|個人蔵

  • 3-5.
    今治市庁舎構造図

    今治市公会堂構造計算書|1957年7月31日|268×380|鉛筆、紙|東京大学生産技術研究所川口健一研究室

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Section 4

大空間への挑戦

大空間への挑戦では、丹下が構造家・坪井善勝とパートナーを組み、様々なシェル空間を実現したプロセスを紹介します。戦後間もないころ、日本では体育館のような柱のない大空間を実現しようとすると、鉄骨を用いることが普通でした。しかし、鉄は大変高価な素材だったため、丹下と坪井は工費の安いシェル構造によって大胆な造形を目指すことになります。当時、アメリカではエーロ・サーリネンが MITオーディトリウムなどを完成させていましたが、丹下らはサーリネンを最大のライバルとみなし、地震が多発する日本で様々なシェル構造を実現しました。

  • 4-1.
    平和記念広島カトリック聖堂設計競技案

    透視図|『平和記念広島カトリック聖堂設計競技設計図書』洪洋社、1949所収

  • 4-2.
    広島子供の家

    配筋図|1/20|1952年4月23日|540×834|青図|東京大学生産技術研究所川口健一研究室

  • 4-3.
    愛媛県民館スケッチ

    丹下健三の手帳に記された愛媛県民館の検討図|1952年2月、3月|145×95|手帳|個人蔵

  • 4-4.
    愛媛県民館

    愛媛県民館(1953年)模型|1/100|2013年|150×801×700|木|製作:金沢工業大学環境・建築学部西村督研究室・竹内申一研究室、技術協力:下川雄一、撮影:竹内申一、所蔵:香川県立ミュージアム

  • 4-5.
    駿府会館

    静岡市体育館構造計算書|1957年4月6日|268×386|鉛筆、紙|東京大学生産技術研究所川口健一研究室

  • 4-6.
    香川県立体育館

    二階床版配筋図|1/100|−|−|第二原図|ハーバード大学デザイン大学院フランシス・ローブ図書館

  • 4-7.
    東京カテドラル聖マリア大聖堂設計競技案

    設計競技案模型|写真|−|個人蔵

  • 4-8.
    東京カテドラル聖マリア大聖堂

    配置図|1/100|1963年6月15日|800×1107|鉛筆 インク、トレーシングペーパー|ハーバード大学デザイン大学院フランシス・ローブ図書館

  • 4-9.
    クウェートスポーツセンター計画

    1階平面図|1/500|1969年9月|マイクロフィルム|丹下都市建築設計

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Section 5

高度経済成長と情報化社会への応答

高度経済成長と情報化社会への応答では、日本が高度経済成長に突入する過程で、丹下がどのように新しい都市ビジョンを構想したかに注目します。戦前から東京への人口一極集中は大きな社会問題となっていましたが、高度経済成長期に入ると、東京にはさらなる人口が集中しました。これに対して丹下は東京駅を中心とする同心円的な都市モデルに代わって、線型の都市モデルの必要性を主張し、東京計画1960を発表しました。また、日本が工業化社会から情報化社会に変容していくことを予期して、丹下は三次元的な都市建築を次々と実現しました。このセクションでは、都市や国土を客観的に把握するための国土開発地図や、山梨文化会館の模型を展示します。

  • 5-1.
    静岡中心市街地区再開発計画「静岡計画」
    —磯崎新から丹下健三への書簡

    磯崎新から丹下に宛てた書簡|1959年12月11日|361×258|インク 紙|個人蔵

  • 5-2.
    ボストン湾25,000人のコミュニティ計画

    断面図A-A|−|−|−|複写物|個人蔵

  • 5-3.
    東京計画1960

    『東京計画1960 その構造改革の提案』|1961年|285×275|書籍|個人蔵

  • 5-4.
    旧電通本社ビル

    供試体アクリのヤング係数の測定|−|265×188|青焼き|−|東京大学生産技術研究所川口健一研究室

  • 5-5.
    山梨文化会館

    山梨文化会館模型|1/100|−|1140×990×1600|木|製作:植野石膏模型製作所、所蔵:山梨文化会館

  • 5-6.
    東海道メガロポリス

    都市の未来像 環境へのシステム的アプローチ|『21世紀の日本:その国土と国民生活の未来像』新建築社、1971所収

  • 5-7.
    日本列島の地域構造・図集

    海運貨物の流量|『日本列島の地域構造・図集』日本地域開発センター、1967所収 画像提供:武蔵野美術大学 美術館・図書館

  • 5-8.
    日本万国博覧会・基幹施設マスタープラン

    会場基本計画第三次案|『新建築』1966年12月号所収、新建築社

  • 5-9.
    日本万国博覧会(大阪万博)・太陽の塔

    太陽の塔 腕部伏図軸組図 断面リスト|1/100|1969年3月5日|532×770|青焼き|東京大学生産技術研究所川口健一研究室

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Section 6

五つのキーワードの統合

五つのキーワードの統合では、丹下の最高傑作と評価されてきた国立代々木競技場を紹介します。この競技場は1964年に開催された東京オリンピックの水泳会場・バスケットボール会場として建設され、2020年のオリンピック・パラリンピックではハンドボール会場・ウェルチェアラグビー会場として活用されます。セクション 1から5まで紹介してきた丹下のデザイン手法が国立代々木競技場で見事に統合され、現在も維持されている点に触れます。

  • 6-1.
    国立代々木競技場

    国立代々木競技場|1964年|撮影:石元泰博、高知県立美術館 Ⓒ高知県,石元泰博フォトセンター

  • 6-2.
    国立代々木競技場

    代々木の模型を見つめる丹下健三|―|個人蔵

  • 6-3.
    国立代々木競技場

    配置図|1/600|1962年10月15日|796×1218|鉛筆 インク、トレーシングペーパー|ハーバード大学デザイン大学院フランシス・ローブ図書館

  • 6-4.
    国立代々木競技場

    国立代々木競技場近景|2020|千葉大学豊川研究室

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